コインベースハッキング:サポートスタッフ買収で4億ドル危機に揺れる暗号資産大手

コインベースハッキング:何が起きたのか?
暗号資産(仮想通貨)業界に衝撃を与える展開として、米国最大の暗号資産取引所コインベース・グローバル社は2025年5月15日、重大なサイバー攻撃の被害に遭ったことを公表しました。同社の発表によると、サイバー犯罪者が海外のサポートスタッフに賄賂を渡して顧客の機密データを盗み出し、その後、この情報の公開を防ぐために2000万ドル(約29億円)の身代金を要求したとのことです。
コインベースの規制当局への提出文書によれば、同社は5月11日に正体不明の脅威アクターから、特定の顧客アカウントの詳細と内部文書を入手したと主張するメールを受け取りました。ハッカーは主にインドを拠点とするコインベースの国際的な顧客サポート担当者をターゲットにし、少数のスタッフに現金の賄賂を提供してカスタマーサポートツールからデータを抽出させました。これらの侵害されたスタッフは内部システムへのアクセス権を悪用し、限られた数の顧客のアカウント情報を不正に取得しました。影響を受けたのはコインベースの月間アクティブユーザーの1%未満で、約97,000人の顧客に相当する可能性があります。
盗まれた情報には、氏名、住所、電話番号、メールアドレス、社会保障番号の下4桁、マスクされた銀行口座番号、運転免許証やパスポートなどの政府発行IDの画像、さらにはアカウント残高のスナップショットや取引履歴などのアカウント関連情報が含まれていました。コインベースはパスワード、秘密鍵、資金は直接侵害されておらず、ETF発行者や他の機関投資家向けの暗号資産を管理するコインベースプライムのアカウントも無事であると保証しています。
コインベースの攻撃への対応
業界専門家から称賛を浴びる大胆な動きとして、コインベースのCEOブライアン・アームストロングは攻撃者が要求した2000万ドルのビットコイン身代金の支払いを公に拒否しました。代わりに同社は、ハッカーの追跡にその資金を振り向け、ハッカーの逮捕と起訴につながる情報に対して2000万ドルの懸賞金を設定すると発表しました。
ソーシャルメディアプラットフォームXで共有された動画声明の中で、アームストロングは「いいえ、あなたたちの身代金は支払いません」と断固として宣言しました。彼は、攻撃者が顧客の詳細を漏らすために賄賂を受け取る意思のある個人を探し、コインベースの海外カスタマーサポート担当者を悪用しようとしていたと説明しました。
コインベースはこの侵害に対していくつかの即時対応を取りました。同社は情報漏洩に関与した従業員を直ちに解雇し、彼らに対して刑事告発を行う予定です。また、ソーシャルエンジニアリング攻撃を通じて資金を犯人に送金するよう騙された顧客に対して全額返金することを約束しています。さらに、コインベースはセキュリティ対策強化の一環として米国内に新しいサポートセンターを設立し、同様の攻撃を防ぐために不正検出システムを強化しています。

財務的影響と市場の反応
この暗号資産取引所は、セキュリティ脆弱性の解決、2000万ドルの懸賞金プログラム、影響を受けた顧客への補償など、今回の事件の余波に関連するコストが1億8000万ドルから4億ドル(約261億円から581億円)に達する可能性があると予測しています。この予備的な見積もりは、潜在的な損失、補償請求、回収可能性のより徹底的な検証の後に変更される可能性があります。
この侵害の公表により、コインベースの株価は木曜日の取引セッション中に7%以上下落しました。この大幅な下落は、同社の株価がS&P 500指数への組み入れ発表を受けて24%上昇した数日後に起こりました。これはデジタル通貨の主流への受け入れに向けた画期的な進展として祝われていたものです。
ハッキングのタイミングは特に注目すべきで、コインベースがS&P 500指数への組み入れを祝った3日後に発生しました。これにより同社の株式は、インデックスにリンクされた数兆ドル規模の退職金プランや他の投資商品に導入されることになります。木曜日の損失により、株価は2025年の年初来でマイナス圏に戻り、今年を通じて一連の成果を経験していた企業にとって予期せぬ課題となりました。
業界の文脈:暗号資産のセキュリティ課題
暗号資産セクターは、ユーザーの匿名性と複雑なデジタルシステムへの依存から、長い間侵害に対して脆弱でした。ブロックチェーン分析会社チェイナリシスによると、2024年だけでこのような侵害により約22億ドルが失われ、暗号資産取引所とそのユーザーが直面する持続的な脅威が浮き彫りになっています。
犯罪者がソフトウェアの脆弱性を悪用するのではなく、個人を操作してデータへの不正アクセスを得るこの種のソーシャルエンジニアリング攻撃は、暗号資産の分野でますます普及しています。今年初め、暗号資産取引所バイビットは15億ドルの大規模なハッキング被害を受け、現在は閉鎖されたFTX取引所は2022年11月に4億ドルの侵害を経験しました。
ユーザーへの補償やその他の費用をカバーするための推定コスト4億ドルで、コインベースの事件はブロックチェーン分析会社エリプティックのデータによると、暗号資産の歴史で8番目に大きなハッキングとなります。コインベースが直面しているよりもはるかに痛ましい金融損失の例は多くありますが、この侵害は米国の暗号資産市場で最も重要なプレーヤーの一つと考えられている企業をターゲットにしたという点で注目に値します。

専門家の意見と業界の反応
業界の専門家は、コインベースの透明で断固とした侵害への対応を広く称賛しています。法執行機関が暗号資産詐欺を調査するのを支援するブロックチェーン分析を専門とする企業TRMラボのグローバルポリシー責任者アリ・レッドボードは、コインベースの事件処理が取引所の侵害管理について他の企業の模範的なモデルとなっているという見解を表明しました。
コンセンサス2025での議論の中で、レッドボードは暗号資産取引所のハッキングに対する脆弱性を強調し、不十分なサイバー防御の「完璧な嵐」としてこのセクターを描写し、それが魅力的なターゲットになっていると述べました。このような事件の頻度にもかかわらず、彼は規制措置の強化がこれらの課題の一部を緩和するのに役立つ可能性があると楽観的です。
AI利益監査を専門とするコンサルタント会社ARBOaiの創業パートナーであるデビッド・アコスタは、アームストロングの反応は「パワームーブ」であり、透明性を示したと述べました。彼は、顧客の安全を身代金の支払いなどの短期的なリスク管理よりも優先することで、セキュリティ侵害が市場の信頼を著しく損なう可能性がある業界での信頼を強化すると指摘し、顧客を保護するための適切な措置を講じた会社を称賛しました。
規制当局の精査と追加の課題
コインベースの課題に加えて、ニューヨーク・タイムズは証券取引委員会(SEC)がコインベースが数年前にユーザーデータを不正確に報告したかどうかを依然として調査していると報じました。バイデン政権下で始まったこの進行中の調査は、コインベースが新規株式公開(IPO)にさかのぼる財務開示において認証ユーザー数を誤って表示したかどうかを調査しています。
この報告に対して、コインベースの最高法務責任者ポール・グレワルは、SECの調査は「2年半前に報告を停止した指標に関する前政権からの持ち越し調査」であると述べました。彼はこの指標が一般に完全に開示されていたことを強調し、コインベースでメールや電話番号を確認した人は誰でも含まれていたため、ユニークな顧客数が膨らんでいた可能性があると指摘しました。同社は2021年に認証ユーザー指標の使用を中止し、それがビジネスパフォーマンスを正確に反映していないと述べています。
この規制当局の精査は、SECが2月下旬に前SEC委員長ゲイリー・ゲンスラーによって開始された執行措置を取り下げることに同意した後でも、コインベースの課題が続く可能性があることを強調しています。ゲンスラーの指導の下、同庁はコインベースが未登録の国家証券取引所、ブローカー、清算機関として機能していると非難していました。
暗号資産ユーザーへの教訓と推奨事項
コインベースの侵害は、確立された評判の良い取引所を扱う場合でも、暗号資産エコシステムに固有のセキュリティリスクの厳しい警告として機能しています。暗号資産ユーザーにとって、この事件はデジタル資産を保護するための堅牢なセキュリティ対策の実装の重要性を強調しています。
緩和策として、ユーザーはアドレス帳内のアドレスへの送金のみを許可する出金許可リストをオンにし、二要素認証(2FA)を有効にし、資金を「安全なウォレット」に移動しようとする詐欺師に注意することが推奨されています。さらに、ユーザーは定期的に不正な活動がないかアカウントを監視し、強力でユニークなパスワードを使用する必要があります。
暗号資産プラットフォームに多額の残高を持つトレーダーにとって、この侵害は、暗号資産保有者を標的とした著名な誘拐やその他の犯罪活動の報告を考慮すると、単なる金銭的影響を超える懸念を浮き彫りにしています。このような侵害に関与する個人情報の量は、個人に個人的な安全対策を再考させる可能性があります。
暗号資産セキュリティの未来
暗号資産業界が成熟し、主流での受け入れを獲得し続けるにつれて、強化されたセキュリティ対策の必要性はますます重要になっています。コインベースの事件は、市場で最も確立されたプレーヤーでさえ、特にソーシャルエンジニアリングを通じて人的要因を悪用する洗練された攻撃に対して脆弱であり続けることを示しています。
今後、暗号資産取引所は、特に遠隔地や海外のサポートセンターで働く、顧客の機密情報にアクセスできる従業員のより厳格な審査と監視を実施する必要があるでしょう。セキュリティプロトコルとソーシャルエンジニアリング戦術に関する意識の強化トレーニングは、すべてのスタッフメンバーにとって不可欠になるでしょう。
より広い業界にとって、この事件は、高度な生体認証方法、分散型アイデンティティ検証システム、改良された暗号化技術を含む、より安全なインフラストラクチャとプロトコルの開発と採用を加速させる可能性があります。暗号資産を取り巻く規制フレームワークが進化し続けるにつれて、セキュリティ基準と要件はより厳格になり、ユーザーに追加の保護層を提供する一方で、取引所のコンプライアンスコストを潜在的に増加させる可能性があります。
もっと見る

ユナイテッドヘルス株価17%急落:メディケア詐欺の刑事捜査で医療保険大手に危機
ユナイテッドヘルス・グループは、メディケア詐欺の疑いで米司法省の刑事捜査を受け、CEOの突然の交代と財務見通しの撤回により、今年の株価は46%下落し、深刻な経営危機に直面している。

Meta、旗艦AIモデル「Behemoth」を2025年秋以降に延期:投資家は720億ドルのAI投資戦略に疑問を呈す
Metaが旗艦AIモデル「Behemoth」の発表を6月から2025年秋以降に延期。エンジニアがモデルの能力を大幅に向上させることに苦戦する中、同社の巨額AI投資に対する内部懸念が高まっている。