日銀上田総裁、物価上昇率「30年で最高」と発言も追加利上げは慎重姿勢

## 上田総裁が物価上昇率「30年で最高水準」と明言
日本銀行の上田和夫総裁が5月27日、東京で開催された日銀主催の国際カンファレンスで重要な発言を行いました。「日本の物価上昇率が現在1.5~2.0%水準で、この30年間で最も高い水準」と明らかにしたのです。この発言は、日本経済が長年のデフレから完全に脱却し、新たな局面に入ったことを示す重要な指標として注目されています。
皆さんは、この30年という期間の重要性をご存知でしょうか?これは日本がバブル経済崩壊後の「失われた30年」と呼ばれる長期デフレ期間を経て、ようやく持続的な物価上昇を実現したことを意味しています。上田総裁は「米をはじめとする食料品価格上昇で日本の消費者物価が再び上がっている」と説明し、現在の物価上昇の主要因を明確に示しました。
しかし、総裁は同時に慎重な見方も示しています。「食料品価格上昇の影響は次第に減るだろう」としながらも、「基調的(構造的)物価上昇率にどのような影響を及ぼすのか注意深く見なければならない」と強調しました。この発言からは、一時的な食料品価格上昇と持続的なインフレ圧力を区別して考える必要性を示唆しています。
注目すべきは、上田総裁が「経済成長率と物価上昇率展望が実現するという前提の下に、今後も漸進的に政策金利を引き上げ金融緩和水準を調整していく」として、緊縮基調を継続するという方針を明らかにしたことです。これは、日銀が金融政策正常化への道筋を維持していることを示す重要なメッセージといえるでしょう。
## 5月会合で政策金利据え置き、トランプ関税が影響

4月30日から5月1日にかけて開催された日銀の金融政策決定会合では、事前の市場予想通り政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標を0.5%程度で据え置くことが決定されました。この決定は、トランプ米大統領の関税政策による経済の先行き不透明感が主な理由とされています。
興味深いことに、年初は「2カ月で倍増」ペースだった金利上昇が、現在は足踏み状態となっています。これは、国際的な貿易摩擦の影響がいかに大きいかを物語っています。5月1日の記者会見で植田総裁は、据え置きの主な理由をアメリカの関税政策による経済の先行き不透明感であると述べました。
現在の政策金利0.5%は、2008年10月以来約17年ぶりの高水準です。日銀は昨年3月にマイナス金利政策を終了し、7月には追加利上げを実施、そして今年1月24日には0.25%から0.5%への追加利上げを決定しました。この一連の動きは、日本の金融政策が確実に正常化の道を歩んでいることを示しています。
しかし、昨年7月の利上げ時には予期せぬ発表により市場が混乱し、米国の雇用統計悪化も影響して8月初めまでに株価が急落する事態となりました。今回の利上げ見送りは、このような市場混乱を避けたい日銀の慎重な姿勢の表れともいえるでしょう。
## 成長率見通しを大幅下方修正、25年度は0.5%に
日銀が同時に公表した「展望レポート(経済・物価情勢の展望)」では、実質GDP成長率見通しに大幅な下方修正が行われました。25年度の成長率見通しは前年度比+0.5%(前回1月時点同+1.1%)、26年度は同+0.7%(同+1.0%)へと大きく引き下げられました。
この下方修正の背景には、各国間の通商交渉の進展が不透明で、グローバルサプライチェーンが大きく毀損される可能性があるという前提があります。トランプ政権の保護主義的な貿易政策が、日本経済にも深刻な影響を与える可能性を日銀が認識していることがうかがえます。
コアインフレ率(消費者物価(除く生鮮食品))の見通しについても下方修正が行われました。25年度同+2.2%(前回同+2.4%)、26年度同+1.7%(同+2.0%)といずれも引き下げられています。27年度のコアインフレ率は同+1.9%と予想され、「物価安定の目標」の達成時期は「見通し期間の後半」へと後ずれしました。
これらの修正は、日銀が直面している複雑な経済環境を反映しています。一方で物価上昇圧力が続いているものの、他方で成長率の鈍化や外部要因による不確実性の高まりが懸念されているのです。このような状況下で、日銀は利上げ姿勢を継続する姿勢を示しつつも、当面の間はトランプ関税とその影響を巡る不確実性が高いことから、様子見を続けることが予想されています。
## 6月会合への市場の注目と今後の展開
6月16、17日に開催予定の日銀金融政策決定会合に対する市場の注目が高まっています。日銀は5月半ばに公表された前回会合の主な意見で、「米国の関税政策の展開がある程度落ち着くまでは様子見モードを続けざるを得ない」と利上げに慎重な姿勢を示す一方、政策経路は「今後いつでも変わりうる」としています。
今会合も政策金利が据え置かれることが予想されていますが、今後の展開を見通す上で、声明文や記者会見の内容が注目されます。特に、トランプ政権の通商政策に対する不透明感が一時的に後退している中で、日銀がどのようなメッセージを発するかが重要になってきます。
同じ時期に開催される米連邦準備制度理事会(FRB)の公開市場委員会(FOMC)も注目されています。相互関税の一部実施延期や、5月12日に米国と中国が互いに課している追加関税を大幅に引き下げると発表したことなどを受け、市場では通商政策に対する不透明感が後退していると見られています。
しかし、税制改革法案により財政が悪化する可能性を懸念する向きもあります。関税率が低水準であれば年後半に利下げを検討する旨のFRB高官による発言も見られる中、今回の会合で公表される声明文や経済見通しが日銀の政策判断にも影響を与える可能性があります。
## 2025年の追加利上げ見通しと市場予想
2025年の円債市場は、日銀による金融政策正常化の動きが継続するとの想定のもと、円金利は緩やかな上昇基調をたどり、イールドカーブはベアフラット化するとの見方が多くなっています。日銀の金融政策を巡っては、1-3月期に0.5%への利上げが既に実施されましたが、0.75%への追加利上げが年内に実施される可能性については見方が分かれています。
ステート・ストリート・グローバル・アドバイザーズの駱正彦氏は、日銀の追加利上げは25年に2回行われるとの想定のもと、長期金利は年末には1.0-1.25%程度への緩やかな上昇を見込んでいます。このうち、次の0.75%への利上げは、9-12月の会合での実施を予想しています。
一方で、リスクシナリオとして米国のインフレが再加速した場合が挙げられています。FRBが再利上げを実施する方向で動けば、ドル/円は160円を超えて円安が進行する可能性があります。その場合、市場では日銀がよりタカ派的な利上げを実施するとの思惑から、円金利に上昇圧力がかかり、新発10年債利回りは1.65%まで上昇する可能性があるとされています。
現在の状況を見ると、日銀は慎重ながらも利上げ方向を維持していることは明らかです。しかし、そのペースは国際情勢や国内経済の動向に大きく左右される可能性が高く、市場参加者は引き続き注意深く動向を見守る必要があるでしょう。
## 銀行預金金利への影響と家計への波及効果
日銀の政策金利据え置きにより、国内の主要銀行の預金金利も、ネットバンクの一部を除き、ほぼ足踏み状態となっています。年初は「2カ月で倍増」ペースだった預金金利の上昇が、現在は停滞していることは、家計にとって複雑な影響をもたらしています。
しかし、中長期的には政策金利は「利上げ」が既定路線といえる状況です。これは、長年ゼロ金利に慣れ親しんだ日本の家計や企業にとって、大きな環境変化を意味します。預金者にとっては金利収入の増加が期待できる一方、借入者にとっては金利負担の増加が懸念されます。
トランプ関税によって世界経済の不透明感はますます高まっており、日本国内に目を移しても、生活者の経済状況は先の見えない状態といって間違いありません。金利を引き上げたい政府や日銀の意向、足元の物価高やコメ不足、そして為替といった要素が複雑に絡み合っているからです。
特に注目すべきは、米をはじめとする食料品価格の上昇が家計に与える影響です。物価上昇と金利上昇が同時に進行することで、家計の実質的な負担は増加する可能性があります。日銀は、このような複雑な経済環境の中で、慎重にバランスを取りながら金融政策を運営していく必要があります。少なくとも次回の会合が行われる6月中旬までは金利据え置きが継続されそうですが、その後の展開については引き続き注意深く見守る必要があるでしょう。